和暦日々是好日 8

またまた、「和暦日々是好日」より LUNA WORKS

 本日は、『気配と兆し』です。

 『「秋き来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ

驚かれぬる」『古今和歌集』に収められた藤原敏行の歌です。

猛暑の続くある朝、ふと朝の涼しさを感じたときが、秋の

訪れです。日中の暑さは増していくかのようですが、夕方

になると虫の音が聞こえるようになり、秋の気配が少し

ずつ漂い始めます。

 自然と一体になって暮らしていた昔の人々は「気配」や

「兆し」に敏感でした。それぞれの季節には「生、旺、墓」

があり、ひとつの季節が頂点を迎えた瞬間に、次の季節の

生まれたことを感じていたのです。

 冬の終わりにはウグイスの初音を、晩春になれば夏を告げる

ホトトギスの第一声を、心待ちにしていました。虫の音が

聞こえ始める立秋は、小さな秋の誕生であると同時に、夏の

ピークでもあります。立夏は春の、立冬は秋の、立春は冬の

ピークです。盛りを過ぎた季節はゆっくりと老いてゆき、

次の季節の成長とともにゆっくりと入れ替わっていきます。

 「鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い蕾のなかには、

それ自体の美しさと同時に、抽象的な美と神秘がかくされて

います。自然がくりかえすリフレイン・・・・・・夜の次に

朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ・・・・・・

のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかが

あるのです」(『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン著)

 季節感とはまさに「生命観」そのものであり、「生と死」

「陰と陽」 の繰り返しです。自然界のさまざまな現象は、

あなたにしかわからないサインや啓示、予兆にあふれています。

暦の示す節目は何かに気づくためのヒントを与えてくれますが、

今がいつなのかを正確に知っているのはあなた自身なのです。』

さらっと書いていらっしゃいますが、深いですね・・・

季節感とはまさに「生命観」そのもの。とか

「生と死」「陰と陽」の繰り返しとか・・・

結局、自分自身に全てが還ってくる。自分がどのような感性を持って

生きているか。日々どのように過ごしているか。それらが全て

自分を作り上げているということなのではないか。